誰かの為のブログ

映画や本の感想をだらりだらりとマイペースに書いていきます。

【感想】新年の誓いは、駅の構内に。 ライアン・クーグラー 「フルートベール駅で」

 2009年元旦、フルートベール駅でオスカーは殺されてしまいました。俺にはこの駅がどこにあるのかも知りません。当時そんな事件があったことさえも知りませんでした。

 

 彼が射殺されるまでの一日を描いた85分間の「フルートベール駅で」はストーリーもなにもなく、おそらくあちらの社会ではどこでも見られる光景なのでしょう。刑務所へ服役していた過去を持ち、職場を首になり、やむなく売人となる。娘にはきちんとした教育を受けさせたい彼にはお金が必要でした。映画は淡々と彼の大晦日を映し出します。パートナーに首になったことを告白し、母親の誕生日を祝い、年越しの瞬間は仲間たちと祝う。どこにでもある風景だと思います。ですが、彼はフルートベール駅で警官に撃たれ、その日のうちに亡くなってしまいます。突然に。

 

 俺は感想を持ちえませんでした。かわいそうだとか、ひどい警官だとか、アメリカ社会の人種差別に対する憤りだとか。そんなことは一切感じませんでした。この映画を見終わった後、俺の中に残ったのは一体なんだったのでしょうか。その形が見えてきません。もやもやした不定形の感情だけが残っています。でもきっと明日には忘れているのでしょう。物事の大きさにかかわらず人は少なからず忘れることで生きていきます。自分のことでないならなおさらそうです。

 

 彼の事件はこうして映画になることで世界的にも広く知られることになったと思います。こうした理不尽な出来事は世界のあちらこちらで起きているはずです。忘れていいはずはない出来事ですが、自分とは文化的にも地理的にも遠い世界で起きたこの出来事は、恐らく明日からの大したことのない日常に埋もれていきます。できれば忘れたくありません。ですが、きっと思い出さなくなります。それでも1つ心の中に残っているのはオスカーの母親役の女性の毅然とした態度でした。彼女自身差別や偏見に晒されながら生きてきたのではないでしょうか。彼女の人生にクローズアップした映画ではないものの、どことなくその人生が垣間見られる映画でした。

 

 また文化の違いでしょうが、頻繁に「愛している」とお互いに伝えあうシーンが見られます。彼らにとっては挨拶程度なのかもしれませんが、素直にその言葉が出てくるのであれば、素敵だなと感じました。